どっちがいいのかねぇ?

そういえば、昨夜基本の3を教えてる時に。

四股立ちで前に進むのに、一度立ち上がり、また四股立ちになる、という動作をしてるR…

それは流石にあかんで?と直したけど…待てよ?なぜあかん?と自問する。


私がS先生に習ったのは、腰の高さを変えず重心をずらしていく感じ。
お盆の上に背の高いグラスを載せて、水平移動するような…

足腰鍛錬や、重心移動、相手への入り込み方を身につける為だと思うが…
ああ、打撃としての体の使い方かな?
これができると、勝手に体のバネが使えるようになる。
上体ごとついていかなければ、だけど。
この辺の前提条件は口で言われるから、広まる時にタガが外れてわけ分からんようになってんだな。


一度立つのも、理屈はあるのよ。
手刀受けしてるから、上から重心を落として安定した形で技を出すという…
どのみちここの基本の型は、技の連続性など考えられてない…必要な事のまとめなのだから、とやかく言うでもないのだけど。

まあ他所でやると、何習ってたの?と言われることもある、という事で。

自分で理屈が納得できてるなら、それでいいとも思うけどね。

でなきゃ、私の習ったのと沖縄でやってる型がまるで違うというのも、大問題なわけで。

元はこうだ!ではなくて。
その動きの中から、何を学ぶのか…だと思うけどね。

どーせたかが100年前のことすらはっきりしないのだもの、元祖も本家も無いやな。
自分一人の中でさえ、過去と今では動き方が違ってたりもするし。

正確でなきゃあかん!というのは、型稽古の本質から外れてるとも思う。
まあまるであかん、というのもあるだろうから…そこは対人稽古で要確認、だけどさ。
あくまでもエッセンスであって、現代でも使えるようなアップデートは必要でしょ。

…やろうとするなら、ほぼ反則など常識の枠組みをとっ払わないとえらいことになるし、必要なものでなくなるとも思うけどね。


ま、本流は伝統派の方々で、一生懸命に研鑽されてるのだから…
私みたいなのは、好き勝手やって一人納得してればいいのよ(笑)